東京高等裁判所 平成10年(行ケ)186号 判決 1999年4月20日
神奈川県相模原市相模原四丁目10番4号
原告
株式会社高島易断総本部
代表者代表取締役
小澤茂男
訴訟代理人弁理士
齋藤榮一
東京都練馬区春日町二丁目12番18号-107号
被告
島畑四朗
訴訟代理人弁護士
山〓正俊
補佐人弁理士
中村政美
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 原告が求める裁判
「特許庁が平成8年審判第18484号事件について平成10年4月20日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
第2 原告の主張
1 特許庁における手続の経緯
原告は、「高島易断総本部」の文字を横書してなり、第42類「易」を指定役務とする登録第3123782号商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である。なお、本件商標は、平成4年9月29日に登録出願され、平成8年2月29日に商標権の設定登録がされたものである。
被告は、平成8年12月13日に本件商標の登録を無効にすることについて審判を請求した。特許庁は、これを平成8年審判第18484号事件として審理し、平成10年4月20日に「登録第3123782号商標の登録を無効とする。」との審決をし、同年5月18日にその謄本を原告に送達した。
2 審決の理由
別紙審決書の理由写しのとおり
3 審決の取消事由
審決は、本件商標のうち「高島易断」の部分は易の流派等を表示したものと理解され、「総本部」の部分は易業者がそれぞれに自称する事業所名称の域を出ないものと認識されるから、本件商標をその指定役務に使用しても、需要者が何人かの業務に係る役務であるのかを認識することができない旨判断している。
しかしながら、本件商標は、原告の商号から会社の種類を示す株式会社の文字を除いたものであって、一見して原告の商号の略称と理解できるものである。したがって、本件商標を「高島易断」の部分と「総本部」の部分とに分離して考察することは誤りであって、本件商標を全体として考察すれば、原告の業務に係る役務を指称するものとして、十分な自他役務の識別力を有することは明らかであるから、審決の上記判断は誤りである。
第3 被告の主張
原告の主張1及び2は認めるが、3(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。
原告は、本件商標を全体として考察すれば、原告の業務に係る役務を指称するものとして十分な自他役務の識別力を有する旨主張する。
しかしながら、「高島易断」が易の一大流派であって、「高島易断」及び「総本部」の文字を含む標章を使用する易業者が、本件商標の登録出願前に全国的に多数存在することは証拠上明らかである。したがって、本件商標には自他役務の識別力がないとした審決の認定判断は正当である。
理由
第1 原告の主張1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由)は、被告も認めるところである。
第2 原告の主張は、要するに、本件商標は原告の商号から株式会社の文字を除いたものであって、一見して原告の商号の略称と理解できるから、本件商標を全体として考察すれば、原告の業務に係る役務を指称するものとして十分な自他役務の識別力を有するというものである。
しかしながら、「高島」が易あるいは易断における著名な流派であることは当裁判所に顕著な事実であるから、原告の上記主張が成立するためには、原告の商号自体が周知あるいは著名なものであることが必要であるが、これを認めるに足りる証拠は全く存在しない。ちなみに、被告提出の乙号各証によれば、「高島易断」(あるいは「高嶋易断」)及び「総本部」(あるいは「總本部」)の文字からなる標章、あるいはこれらに他の文字(例えば、乙第9号証によれば、「大乗会」、「西日本」、「神聖館」、「高島象山易学鑑定所」、「所」、「(高島崇円)」、「聖」、「(高島呑象次)」、「紫雲閣」、「東京」、「聖心館」、「全日本」、「神修館」、「(高島崇圓)」、「神道館茨城本部」、「横浜支部(高島悠象)」、「天神館」、「神聖館(株)」、「神聖館」、「神聖館浜松事務所」、「三世霊宝閣京都」、「中国」、「(高島観山)」、「神正館」)を加えた標章を使用する易業者が全国的に存在することが認められる。したがって、本件商標をその指定役務に使用しても需要者が何人かの業務に係る役務であるのかを認識することができない旨の審決の判断が正当であることに疑問の余地はない。
第3 よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は、失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成11年3月18日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)
理由
1.本件登録第3123782号商標(以下、「本件商標」という。)は、「高島易断総本部」の文字を横書きしてなり、平成4年9月29日に登録出願がされ、第42類「易」を指定役務として、同8年2月29日に登録がされたものである。
2.請求人は、結論同旨の審決を求める旨申し立て、その理由をつぎのように述べ、証拠方法として甲第1号証乃至同第13号証を提出した。
本件商標は、商標法第3条第1項第6号、同法第4条第1項第7号、同法第4条第1項第8号及び同法第4条第1項第16号の各事由に該当し、同法第46条第1項第1号により無効とすべきものである。以下、各事由について述べる。
(1)法第3条第1項第6号に該当する点について
本件商標は、ありふれた氏と認められ、且つ、易を提供する業界において従来より多数使用されている「高島」の文字と、易によって運勢・吉凶を判断することを意味する「易断」の文字と、組織・団体の全体を総括する中心機関を意味すると共に自他役務識別機能のない「総本部」の文字とを一連に「高島易断総本部」と普通に用いられる方法で書してなるものであるから、これをその指定役務「易」に使用しても需要者が何人の営業に係る役務であるかを認識することができない商標である。よって、本件商標は商標法第3条第1項第6号に該当する。
(2)法第4条第1項第7号に該当する点について
易を提供する業界には、易学の学派である高島易に基いて易断を行い、高島の号を使用している易業者が旧来多数存在するところ、本件商標は、その構成から「高島易に基いて易断を行う団体・組織の全体を総括する中心機関」といった意味合いが看取され、これをその指定役務に使用すると、需要者にあたかも被請求人が高島の号を使用している易業者すべてを総括している中心機関であるかのごとく認識され、商取引における秩序を乱すおそれがある。よって、本件商標は商標法第4条第1項第7号に該当する。
(3)法第4条第1項第8号に該当する点について
「高島易断」の名称で易業を営む他人は複数存在しており、且つ、「総本部」の文字には自他役務識別機能はないから、本件商標は、他人の名称を含む商標であるといえる。よって、本件商標は、商標法第4条第1項第8号に該当する。
(4)法第4条第1項第16号に該当する点について
本件商標は、その構成から「高島易に基いて易断を行う団体・組織の全体を総括する中心機関」といった意味合いが看取され、これをその指定役務に使用すると、需要者にあたかも被請求人が高島の号を使用している易業者すべてを総括している中心機関かのごとく認識され、役務の質について誤認を生ずるおそれがある。よって、本件商標は商標法第4条第1項第16号に該当する。
3.被請求人は、最終的に、平成10年2月21日付上申書をもって、請求人の主張を全面的に認容し被請求人の答弁を撤回する旨の上申を行った。
4.よって按ずるに、前記したとおり、被請求人は、本件審判請求に対して、答弁を一切撤回する旨の上申をなしたものである。
ところで、審判制度にあっては、職権探知主義がとられているから、当事者の争わない事項といえども必要と認める場合、随時、職権を行使して審理を的確に進める必要がある。けだし、商標権等が持つ対世的効力故に、公衆に対する審理の透明性、公正さを確保する必要性があると解されるからである。したがって、本件審判において、被請求人が一切争わない旨の意思を表明したからといって、直ちに請求人の主張が認容されるのではなく、審判の対象である本件商標の無効理由の存否を具体的に判断し、その主張の当否を決するとするのが至当である。
そこで、請求人の主張についてみるに、本件商標は、前記のとおり「高島易断総本部」の文字よりなり、第42類「易」を指定役務とするものである。これに対して、請求人は、本件商標は商標法第3条第1項第6号に該当すると主張しているので、この点について判断する。
しかして、一般に「易(えき)」とは、「古代中国で考え出された占法の一、めどきの茎、後には筮竹(ぜいちく)50本を二つに分け、それによって陰陽を知り、卦(け)を作り、易経(えききょう)に基づいて占う。また、その占いをする人。」とされ、また、「易断(えきだん)」とは「易による運勢・吉凶の判断。」とされ、さらに、易占(えきせん)とは、「筮竹(ぜいちく)、算木(さんぎ)を用いて行う易の占い。ト筮(ぼくぜい)。」とされているように(いずれも、株式会社三省堂発行1989年版「大辞林」より)、古来より独特の占法をもって今に伝わるいわゆる運勢占い等に係る役務の一と理解される。
また、これに関し、「易」と「高島呑象」こと「高島嘉右衛門」なる人物との関連等についてみると、小学館発行1988年版「日本大百科全書」第3巻「易」の項によれば、「…日本には易は奈良時代に伝来しているが、江戸中期以降、朱子学が盛んとなり、山崎闇斎、伊藤東涯、新井白蛾…などの易研究家がいた。明治期に入っては根本通明、遠藤隆吉らが活躍し、占筮家としては高島呑象が知られている。」旨の記載が認められ、また、同じく第14巻「高島嘉右衛門Jの項によれば、「(1832~1924)、実業家・易断家。建築請負、材木商…の六男として江戸・三十間堀に生まれる。…幕末の開港後…易学に親しんだ。…編著『高島易断書』は『呑象』(どんしょう)の号とともに有名である。」旨の記載が認められる。
しかして、請求人主張の全趣旨によれば、国内において易業を営む者にあって、「高島(嶋)易断」又は「高島(嶋)」の文字(語)をその名称中に含む易業者は、日本電信電話株式会社発行の職業別電話帳によると、全国で120ヶ所以上を数える程国内各地に多数存在していることが認められ、また、「総本部」の文字は一定の組織の中心機関を意味する語であることが認められるほか、同電話帳によれば、「○○高島易断総本部」、「高島易断○○本部」のごとく、これら名称中に「本部」「総本部」又は「本家」等の文字を用いて、易業者それぞれに自己の事業所名称乃至機関名称として使用している事実が認められる(甲第3号証の1及び同号証の2、甲第8号証の1乃至同号証の15、甲第9号証及び甲第10号証)。そして、これら状況は、前記「高島易断書」の発刊を契機として当時の易業界を中心にいわゆる高島易が国内各地で信奉され、自称高島流易者の多数出現する要因となって、現在に至ったものであろうことを推認するのに充分である。
以上によれば、本件商標の指定役務とする「易」に関わる当業者乃至需要者間にあっては、「高島易断」又は「高島」の文字からは、易の占法・流派乃至種別又は質(内容)を表示したものと容易に理解されるとみるのが相当であり、また、「総本部」の文字からは、前記事情よりして、特定の組織の中心機関というよりは、むしろ高島易を名乗る易業者がそれぞれに自称する事業所名称の域を出ないものとして、認識し把握されるとみるのが相当である。そして、ほかに、この認定を覆すに足りる証左は見出し得ない。
そうとすれば、本件商標をその指定役務について使用しても、全体として「高島流の易占を行う事業所」程度の意味合いを看取させるに止まり、需要者をして、何人かの業務に係る役務であるのかを認識することができないものといわざるを得ない。
してみれば、本件商標は商標法第3条第1項第6号に該当するものといわざるを得ないから、本件商標は、この点において、無効理由が存するものといわなければならない。
したがって、本件商標の登録は、請求人の述べるその余の主張について判断するまでもなく、商標法第46条第1項の規定により、これを無効とすべきものとする。